FC2ブログ
スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。


スポンサー広告 | --:--:--
北アルプス縦走 敗退
8月19日~23日
CL宮野
SL岩崎
メンバー池田

一日目
移動

二日目
焼岳登山口~焼岳~西穂高温泉
焼岳登山口にて前泊し焼岳へ向かう。二週間分の荷物を持って登る急登は、初日の体には堪えた。樹林帯を越えると、広い草原が広がった。そこから見える焼岳の斜面からは火山性のガスだろうか、煙が上がっていた。息も絶え絶え、普段は他の登山客を目にするとガッついて追い越そうとするが、この日はその元気がなく、やっとこさ焼岳に登頂。活火山特有の色をした、エメラルドグリーンの池や、ウインドウズのデスクトップに使えそうな草原の風景が美しい。
登頂後は西穂高山荘に向け歩みを進めた。一回下り、更に急登を行く。途中、焼岳に近い尾根にある岩の隙間から、温泉が湧き出ていた。飲みたかったが、心配なのでやめた。西穂高山荘に向けて登り返す樹林帯は、気温と湿気、倒木などにより歩きにくく、予想以上の体力を消耗してしまった。休憩時、何を思ったか、興味本位で食べた真っ赤な実がビックリするくらいまずかった。西穂山荘に着き、テントを張る。テン代の1000円に驚き、北アの人気の高さと、商売っ気に感心させられた。

二日目
西穂山荘~ピラミッドピーク~西穂高~ジャンダルム~奥穂高岳~穂高山荘
本縦走の核心、西穂~奥穂縦走へと向かう。天気は良くはないが、雨は降らなさそうなので、本来の予定通り3時に出発した。最初は西穂高へのガレ場。いくつもの小ピークを越え西穂高に着くころには、すっかり天気が良くなっていた。重い荷物でここを歩くのは大変だが、この先はもっと大変だった。西穂高を越えると、ついに核心が始まる。Ⅰ~Ⅱ級程度の岩稜がひたすら続く。荷物が軽ければ大したことのない岩場だが、この荷物となると体全体のバランス感覚がよくわからず、冷や汗を出しながらの歩行となった。要所要所、丈夫な鎖はついているが、一瞬も油断できない、痺れる日になった。ジャンダルムを過ぎると最後のヤマ場、馬の背に入る。両側が切れ落ちているナイフリッジをヒヤヒヤしながら行く。奥穂高に登頂するも、ガスっていて何も見えない。北アの岩稜を一望したかったのに残念。最後のハシゴと鎖場を抜け、穂高山荘に到着。
さすが穂高山荘。平日の甲府より人がいる。

三日目
穂高山荘~北穂高~大キレット~槍ヶ岳山荘~槍ヶ岳
岩稜帯二日目。大キレットから槍ヶ岳へ向かう第二の核心を通る。前日よりは難度が下がるものの、これまた一瞬も気が抜けない。しかしこの日、岩崎がしでかした。
ヘッドライトの明かりを頼りに進み、北穂への最後の登に差し掛かるころ、朝日が穂高連峰をオレンジ色に染め上げた。こんなにも美しい世界を俺たちは歩いている。雑念が一切ない、純粋な感動を山は教えてくれる。この北アでもその経験ができたことが本当にうれしかった。
日が登り切り、雲一つない快晴の中、北穂高に登頂する。ここから先は大キレットだ。気を引き締めていこう。昨日に比べれば大したことのない岩場を過ぎ、大キレットにさしかかる。何ともない鎖場を越えたその時、池田の前を歩いていた岩崎が短い断末魔を残し、池田の視界から消えた。岩崎が落ちた。急いで下を見ると、うずくまっている岩崎がいた。
岩崎は、1m位の段差で落ちてしまい、右足首を捻挫してしまった。その後はなんとか槍ヶ岳まで歩いたが、状態は良くなく、翌日の朝の判断に持ち越すこととなった。

宮野、池田、ごめんなさい。

四日目
槍ヶ岳山荘~槍平~新穂高温泉
翌朝、下山を決断する。この先、一週間以上進むことができない。そう思ったからだ。
進む勇気よりも引く決断。私は全てにおいて弱かった。穂高に蹴られてしまった。
新穂高温泉に下山し、帰路につく。滑落したことで精神的に参っていたのか、松本行のバスがあったのに高山行に乗ってしまった。そのせいで高山駅で駅ビバ。翌日13時間かけて甲府に帰った。

本縦走では、いろいろなことを学んだ。もとい、学ばなければいけない。肉体、精神、技術、どれをとっても私の技量が足らず、メンバーには大きな迷惑をかけてしまった。おそらくこのメンバーで行くには学生時代最後の長期縦走になるはずであったが、このような形で終えてしまうのは本当に惜しい。
今回の失敗を腐らせないよう、次に向け自分を改善していきたい。

文責 岩崎


山行記録―2014年度 | 20:58:42 | Trackback(0) | Comments(0)
コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

FC2Ad

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。