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屋久島合宿
2010年8月16日~22日

メンバー:橘、石倉

8月16日(移動日)鹿児島中央駅ビバーク

8月17日(火):鹿児島港7:00=(フェリー屋久島丸)=宮之浦港11:00=(バス)=白谷雲水峡入口14:00-白谷山荘14:45-白谷雲水散策-白谷山荘17:00 【歩行約3:00】

 16日は移動だけだったので、駅周辺の観光と合宿の食料調達をし、駅のすみで寝た。中央駅は大きな駅で、その日たまたま隣町で花火大会が行われたため、夜遅くまで人が行き来したので騒がしかったが、終電を過ぎると駅のトイレなどは全て閉められてしまった。
 17日の朝は4:00起床し、始発とともに開いていく駅でのんびりした。路面電車で鹿児島港に向かい、フェリー屋久島丸でいざ屋久島へ。約4時間の船旅を終え、宮之浦で昼食をとった。バスに乗り、白谷雲水峡に向かった。登山届を提出し、歩き始めようと思った時、雨がぱらついてきた。白谷雲水峡は観光地でもあり、木道で整備されていたため45分で山荘に着いた。ザックを山荘に置き、白谷雲水園内を散策した。戻ってきたのは17:00だったが、まだ明るく、外で夕食を作り、宿泊者が1組しかいなかったのとテントを張るスペースがなかったので、山荘の中で寝た。
屋久島 014 圧縮

8月18日(水):白谷山荘5:15-楠川分かれ6:23-大株歩道入口7:30-ウィルソン株7:50-縄文杉9:05-新高塚小屋11:00-焼野三叉路14:10-永田岳山頂15:10-15:35発-鹿ノ沢小屋16:35 【歩行11:20】

 朝から天気がよく、足軽に縄文杉をめざした。縄文杉までは木道で急な階段が続いた。ウィルソン杉と縄文杉でのんびりし、さらにその先を目指した。11:00を過ぎた頃、急にポツポツと雨が降ってきた。すぐに止みそうで、木が雨を防いでくれたのでレインを着ずに雨宿りをしながら歩いたが、雨が強くなったためレインを着ることにした。しかし、その時に限って雨を防ぐことのできる場所がなく、全身が濡れてしまった。40分ほど立ち往生し尾根に出たときには晴れ間が見えたが、道に川ができ、沼状態になっていたので靴が泥水でぐっしょりしてしまった。平石を超えると、青空が広がった。宮之浦岳と永田岳はもうすぐそこに見えた。あいかわらず鹿が多い。人間を横目にありふれた草を無心に食べていた。2つの山を望んだ時に不思議に感じたことは、山頂に見える石の大きさと緑の多さだった。山頂といえばガレのイメージだが、「屋久島は365日雨が降る」のいわれの通り水と緑は豊富すぎるくらいあるので、山頂まで緑で覆われている。永田岳はかっこいい山だ。山頂の岩の上へはロープ伝いに岩を登る。さっきの雨が嘘のように晴れ渡った空を見て、おおきく深呼吸した。北西に硫黄島が見えた。気持ちの良い山頂だった。しばらくのんびりしたあと、鹿之沢小屋をめざし西側に続く道に降りて行った。道が悪く、歩道に伸びた草をかきわけるようにして、どんどん下った。本当に小屋があるのかと不安になった頃、ようやく着いた。小屋には男性の方が先に来ていて、コーヒーなどを勧めてくれた。そのかたは地下足袋をはいていて、もうすぐ17時というのに「今から永田岳に行ってきます」といって足早に行ってしまった。屋久島でガイドをしているそう。私たちは濡れた衣類を干し、食事を済ませ、床に就いた。19時半頃その方が戻ってきて、夕日がとてもっきれいだったと写真を見せてくれた。明日は晴れそうだ、と安心し眠りに就いた。が、夜中ネズミが出て、朝ごはんのチーズをもっていってしまった。小屋で寝るときは食糧はザックに入れておくのが賢明である。
縄文杉
永田岳



8月19日(木):鹿之沢小屋5:55-永田岳6:45-宮之浦岳8:30-投石岩屋11:00-黒味岳11:55-花之江河-石塚小屋14:18【歩行8:20】

 気持ちのよい朝を迎え、順調に登り始めた。相変わらず歩きにくい道と伸びた草についた露でレインを濡らし、屋久島の最高峰宮之浦岳を目指した。宮之浦岳の山頂からは、周囲の山、海を一望できた。新高塚小屋から登ってきた若い男性に出会い、いろんな話を聞けた。山梨を拠点に活動するバックパッカー、シェルパ―斎藤さんとお友達のようで、世間は狭いなとあらためて思い、山での出会いが人を繋ぐんだなと感じた。山頂でしばらくのんびりして、三大岳の残り1つ、黒味岳を目指した。黒味岳までのあいだに、栗生岳、翁岳、安房岳がそびえたち、大きな岩が誇らしげに登山者を出迎える。黒味岳の山頂もまた巨大な岩の上であり、クライミングをするように登った。永田岳もそうだったが、最後に岩登りをして山頂に立つのはおもしろい。しっかりと晴れ渡った青空の下、360度の大展望に満足し、石塚小屋に向かった。花之江河は本州ではめったにない泥炭層湿原が広がっていた。石塚小屋はあまり人がこないらしく、小さな小屋だったが、私たちしかいないので、広々と使うことができた。トイレはくみ取り式のため、ハエがたかっていたが、虫よけスプレーをすると虫も臭いも消え、快適に用をたすことができた。19時になっても明るかった。雨が降らなかったおかげで、最高の山行になった。明日もこのまま天気がもつといいと、期待をこめてラジオをつけたが、天気予報は「今晩から明け方まで雨が降ります」と言い切ってしまった。花之江河は4つの道に続く分岐点であり、多くの登山者は尾野間歩道を通って淀川小屋に向かうのだが、私たちはヤクスギランドに続く花之江河歩道を通り、石塚小屋に泊まるルートを進んだ。石塚小屋までの道は部分的に荒廃しており、滑りやすく、両手を使って歩く箇所もあったため、雨が降ると最悪の条件のなか進まなくてはならない。天気予報を信じ、明け方雨が止む頃出発することにした。
宮之浦岳山頂から永田岳を望む
黒味岳山頂から(左から永田岳、宮之浦岳、翁岳)


8月20日(金):石塚小屋4:55-ヤクスギランド10:55-ヤクスギランド12:35発-太忠岳14:50-ヤクスギランド17:10【歩行11:15】

 出発の時雨は止んでいた。“これならいける”そう思った時、雨が降り出した。ライトを照らし、ゆっくり進んだ。道は険しかった。滑るためなかなか進めなく、ピンクのテープも周囲を探さなければ見つからない。湿地に足がハマり、いよいよ足すべてが濡れてしまった。明るくなっても雨が止まず、不安が募っていく。道標だけが道を間違えていないという唯一の希望だった。コースタイムよりはるかに遅れて大和杉に辿り着いた。しばらく行くとヤクスギランドから来た男性とすれちがった。大きな安心だった。雨があがったため、レインをぬいでいたが、再び降ってきたのでザックを置きレインを着なおした。このときだと思う、ザックのベルトにヒルがついていたのに気付かず歩きだした私のおなかがチクリと痛みだした。気のせいかと思ったが、あまりにチクチクしだしたためレインをめくると、腹から出血しており、すでに大きくなったヒルがレインの上から吸いついていた。初めてヒルを見て初めて血を吸われたため、動揺し力が抜けてしまった。出血が止まらないので、軟膏をぬりカットバンで止血した。私の体にはあと3匹ついていた。しかしこれは悲劇の始まりでしかなかった。ヤクスギランドに着いたのは11時近かった。コースタイムでは、太忠岳の往復は5時間である。ヤクスギランドに出るまでで予定より2時間もオーバーし体力的にも疲れていた私たちは、このまま進むべきか迷った。しかし、このまま山を下りてしまうと、明日はもう太忠岳には登れない。食糧も残りわずかだった。“行こう”そう決めたのは12時を過ぎたころだった。かなり体力も回復し、順調に進んでいると思ったが、石倉の様子がおかしい。悲痛な顔をしていた。雨で靴が濡れたまま何時間も歩いたため、ふやけた足の裏の皮がめくれたように痛いのだ。「橘だけでも山頂に行ってほしい」と言われて涙があふれてきた。ここまで2人でがんばってきたのに、石倉を置いてひとりでは行けなかった。それを察したのか、石倉は足を引きずるように歩きだした。休み休み少しずつ進んでいき、やっと山頂についたときには強風で空は真っ白だった。太忠岳は岩の大きさが特徴なのに、それを見ることなく下るのか、と思った時、パッと雲が晴れた。一瞬だったが、その巨大な岩はうっすらと顔をみせた。ここへきて急に胸が熱くなった。痛みをこらえて登ってくれた石倉にお礼をし、いつ雨が降ってくるかわからない天気のなか下りを急いだ。徐々にスピードが落ちていく石倉をせかすように、急にあたりが暗くなりポツリポツリ雨が降ってきた。時間がなくなりタクシーを呼ぶために先にヤクスギランドまで下った私は、山のなかに石倉を残してきたことを後悔し、おおきな不安にかられ、何度も石倉の名前を叫びながら引き返した。木の奥から石倉が現れたときは、ほっとするあまり涙が止まらなかった。屋久島の縦走はここまでだが、中身が詰まりすぎた4日間だった。大きな経験をさせてくれた屋久島と、4日間共にがんばった石倉に感謝した。帰りのタクシーできいたことだが、下界はずっと晴れていたそうだ。屋久島は暑いため、海で温められた水蒸気が雲になり、山で雨を降らすのである。安房のキャンプ場に着いたのは19時を過ぎていた。すぐに受付を済まし、キャンプ場内の風呂を借り、6日ぶりに汚れを落とした。きれいになったと思ったのに、スコールのような雨が降ってきてまたテントも体も濡れてしまった。しかし、雨は一時だけで、夜空一面に星が瞬いていた。
太忠岳


8月21日(土):番峰キャンプ場-ガジュマル園-宮之浦港13:30=(フェリー屋久島丸2)=鹿児島港17:30-鹿児島中央駅19:00=(夜行バス)=京都駅22日9:00着

 海に面しているキャンプ場から朝日を見てのんびりと過ごし、昼には屋久島を出てしまうので少しだけ観光することにした。ガジュマルはクワ科の常緑高木で、熱帯アジアに広く分布し、幹から垂れた気根は地について支柱になる独特の木である。
ガジュマル

ガジュマル園と海岸で遊び、特産とびうおを食べ、フェリーで屋久島を離れた。屋久島の海は吸い込まれるような青さだった。フェリーからとびうおやイルカを見ることができた。桜島の噴火も見た。本当に充実した合宿であった。しばらく屋久島に来なくてもいいと思えるくらい堪能できた。不安になることもあったけれど無事に下山でき、この時期にこのような経験ができて幸せだと、心から思った。2人で4日の縦走は装備的にも大変だった。3泊以上の合宿は3人以上のパーティーで臨むのがよいだろう。


(記載者:橘)

山行記録-2010年度 | 00:39:19 | Trackback(0) | Comments(2)
コメント
感動の屋久島
8月18日の朝、宮之浦岳でお会いしたRです。覚えてもらってて嬉しいです。
快晴の気持ちいい山頂で、記念写真撮ったり、お話をして楽しかったですね。あの時のTさんの真剣なまなざしと、Iさんの大人な雰囲気が印象的でした。
石塚小屋から感動の「太忠岳登頂」、文章読んでいて、私も涙が滲みました。。「Tだけでも山頂に行ってほしい」って、グッときました。ああいうセリフを言える男は、いい男ですな。
7回目の屋久島でしたが、初屋久島の時に感じた感動を思い出しました。
梨大山岳部、素晴らしいです。また、どこかの山でお会いしましょう。
2010-09-12 日 20:03:42 | URL | Rocky シェルパ友人 [編集]
No title
Rocky シェルパ友人さんへ
さっそく読んでいただきありがとうございます。
本当にいい山行でした。
これからもお互いによい旅・登山を楽しんでいきましょうね。
出会いに感謝です。
またお会いしたいです。
2010-09-12 日 20:49:01 | URL | 梨大山岳部T [編集]
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